高性能住宅の建築費とランニングコスト
省エネ軽視で「住宅貧乏」 30年で270万円のコスト差
設計事務所や工務店は、建て主から設計や施工を受注することで生計を成り立たせています。建て主を幸せにして、満足させることが最優先です。つまり、経済性と健康・快適性を確保することが一義なのです。
これまでは一般的に、「経済性=工事費」だと考えられていました。しかし、それは建て主のためではなく、自社のためだったのかもしれません。本当に建て主のことを考えるのであれば、新築時だけでなく、30年や40年といった住宅の想定利用年数で掛かってくる総費用が最も経済的になるようにアドバイスしなければなりません。
しかし、そんなことをしていると、競合他社に相見積もりで負けたり、建て主に対して手間のかかる説明が必要になったりします。こうした面倒を避けるために、工事費を安く抑えてアピールしている面があったように思います。
健康・快適性を追求する場合、適切な温度と湿度が重要なのは言うまでもありません。ただ、これらをうまく提案できている住宅会社は日本では非常に少ないのが現実です。
ぜいたく品 vs 省エネ性
「金銭的に余裕のある人だけが良質な住宅に住めばいい」という考え方もあります。しかし、それは先進国である日本のあるべき姿ではないでしょう。
金銭的に余裕がなくても家を建てたい人はたくさんいます。私は、高級キッチンなどの「ぜいたく品」を我慢しても、以下に示す「省エネ性に関する2項目」が満たせないほど予算が厳しいのであれば、そもそも戸建て住宅は建てるべきではないと考えます。
① 1999年基準(次世代省エネ基準)における天井、壁、床の断熱性能+実質U値1.7以下のサッシ
② C値が最低でも2.0以下、理想的には1.0以下
その理由を説明します。現在、ローコスト系の住宅会社でも「次世代省エネ基準」をうたう会社は少なくありません。ただ、窓は「熱貫流率(U値)」を4.65レベルで抑えている会社が大半です。U値は窓の断熱性の指標で、単位はW/m2(平方メートル)・Kです。1m2当たり、かつ1時間当たりに通す熱量を表し、小さいほど熱の出入りが少なく高性能であることを意味します。
窓のU値を1.7(樹脂窓、複層ガラス、アルゴンLow-E仕様)に変えるだけで、熱損失係数(Q値)は2.7から1.9程度まで向上します。これで室内環境は、温度や湿度はもちろんのこと、健康の観点からも大幅に改善します。それでも約120m2(平方メートル)の標準的な住宅であれば、イニシャルコストの差は30万円ほどに過ぎません。
私の試算では、30年間のランニングコストを加味すると、省エネ仕様を落とした場合は270万円ほど余計にかかることになります。金銭的に余裕がないためにイニシャルコストを節約して省エネ仕様を落とした人が、さらに貧しくなっていく構図です。まさに「住宅貧乏」。このような負の連鎖が続く選択はするべきではないと考えます。
「暖房のために働く人生になる」恐れも
省エネ仕様を向上させるイニシャルコストの30万円を捻出する余裕がないのであれば、比較的安価な南向きマンションの中間階の中部屋の住戸を購入するのがいいと思います。新築が難しいのであれば、中古を購入する方法もあります。その際は、省エネ性の向上のために内窓を設けるといいでしょう。
マンションデベロッパーの中には、住戸の位置別の「燃費」を表示する会社も出てきました。
家づくりに当たり、ファイナンシャルプランナーなどに資金計画を相談する人は少なくないと思います。しかし、住宅の省エネ仕様に基づくイニシャルコストやランニングコストの違いを詳しく説明してくれるファイナンシャルプランナーはほとんどいないのではないでしょうか。
住宅ローンやライフプランを検討するのはもちろんですが、実は、住宅の省エネ仕様によるコスト比較を考えることは、平均年収が減少傾向にある日本においては非常に重要なことです。
欧米であれば、戸建て、マンション、新築、既存を問わず、きちんとした断熱性能を持った住宅がそれなりに普及しています。しかし、日本では新築ですら、先述した「省エネ性に関する2項目」を満たす住宅は非常に少ないのが実情です。ましてや既存住宅となれば、ゼロに等しくなります。
マンションの中間階の中部屋の住戸であれば、隣戸に囲まれているので、断熱性能が低くても窓さえ強化すれば良好な室内温度環境を維持できます。しかも南側にはバルコニーがあることが多く、これが夏の日射を遮蔽してくれます。
このように考えると、温熱環境の面ではメリットが多いマンションですが、問題があります。より高い断熱性能を求められる寒冷地方ほど、マンションの絶対数が少ないということです。
特にマンションが少なく寒冷な地方では、先述した「省エネ性に関する2項目」を満たす戸建てを最優先に考えてもらいたいと思います。それができない建て主は、「暖房のために働く人生になる」と言っても過言ではないでしょう。
家計が苦しい住宅
家計が苦しい住宅であればあるほど、「省エネ性に関する2項目」に加え、以下の4項目も満たすようにすべきです。それができなければ、イニシャルコストは安くても結局、月々の支払いは多くなってしまいます。
③ 冬の日射取得(南面からの日射取得)
④ 夏の日射遮蔽(南面の庇、東西北面の窓の極小化+遮熱Low-E化/南面の窓は断熱Low-E化
⑤ 給湯器の選択(太陽熱温水器+エコジョーズ or エコキュート)
⑥ エアコンで冷暖房(エアコンが効く家にする。エアコンだけで冷暖房+除湿が完結する)
⑤の「給湯器の選択」ですが、一般的な住宅では給湯が最も多くのエネルギーを使います。給湯機器の選択は、設計者にとっては一瞬の判断ではありますが、住まい手にとっては機器が壊れるまでの10~15年間の光熱費に大きく関わってきます。よく吟味する必要があります。
⑥について、「エアコンは嫌いだから放射型の暖房器具を使いたい」という要望はよく聞きます。ただ、エアコン以外の冷暖房器具を選択するということは、エアコンぐらいしか選択肢がない冷房器具にプラスして他の暖房器具を設置することになり、暖房設備の二重投資となります。暖房器具は何を選んでも、エアコンより光熱費が高くなることにも注意が必要です(まきストーブだけは、まきが無料もしくは格安で入手できるのであればその限りではありません)。
なお、放射型暖房の上質な心地よさは私も十分に理解しています。6つの項目を全て満たした上で、一種のぜいたくや嗜好、二酸化炭素(CO2)削減、日本の森を守るといった意味で採用するのであれば良いと思います。
最初に示した「②C値(すき間の量の多寡をのべ床面積で表すもので単位はcm2/m2 )が最低でも2以下、理想的には1以下」という項目は、エアコンが効く住宅と密接に絡んできます。隙間相当面積(C値)が悪い住宅では、空気で冷暖房するエアコンは極めて効きが悪くなります。
それ以前に、C値が2よりも悪い住宅においては、大半の住宅が採用している3種換気では清浄な空気質を維持することが不可能になります。これは健康リスクにも関わってくる項目なので、その意味でも重要な項目と言えます。
6項目を全て満たすべき
最後に、軽視されがちな③冬の日射取得、④夏の日射遮蔽について解説します。私の感覚では、「冬の日射取得」は暖かさを得るための要素のうち5割、「夏の日射遮蔽」は涼しさを得るための要素のうち7割を占める最重要項目です。
例えば、南面の1間幅、高さ2m(3.3m2)の掃き出し窓1箇所では、晴れていれば、夏冬ともコタツ1台分の熱がそれぞれ出入りします。冬はこの「熱を取り入れること=お金」ですし、夏は「熱を遮ること=お金」です。
世帯の年収が多ければ、「冬の日射取得」「夏の日射遮蔽」を無視した住宅を設計してもお金(エネルギー)で補てんすることが可能となります。ですが、最低でも世帯年収が1000万円を超えない限りは、この6項目を全て満たすべきだと私は考えています。
ファイナンシャルプランに関する書籍を読むと、車関連費用や保険関連費用、携帯電話関連費用といった項目ばかりが削減項目として記載されています。今回紹介した6項目には触れられていません。
一般的な家庭では、燃費が13km/Lの車で年間1万kmくらい走行しています。一次エネルギー換算だと27GJ(ギガジュール)消費していることになります。対して住宅は、平均で75GJと約3倍も消費しています。
車、保険、携帯電話は、どれも変更しようと思えば極めて短い期間で変更することができます。しかも変更する度に、競争や技術革新によってコストが下がる場合がほとんどです。
一方、今回示した住宅の省エネ性に関する6項目は、一度採用すると簡単には変えられない項目ばかりです。住まい手の多くは、その項目と30年以上付き合わなければなりません。
断熱リフォームの工事費は新築よりもコストが掛かってしまうので、省エネ性の向上はやはり新築時にきちんとやっておくことが望ましいです。これらを考慮せずして、まともなファイナンシャルプランなど存在するはずがないのではないでしょうか。
欧米では、3世代で1回の住宅ローンを負担すると言われています。一方、日本では世代ごとに建て替えて毎回、住宅ローンを抱えています。幸せに暮らすためのマイホームが負担になって「住宅貧乏」にならないようにするためにも、設計事務所や工務店は6項目の実践を肝に銘じてもらいたいと思います。